ヤマト会の主旨

ヤマト会は北海道北見市留辺蘂町に本拠地とする大東流合気武道・第38代宗家・武田等先生(武田惣角の直孫)から正式に認可された稽古会で、武田宗家から直接指導を受けた大野裕迪三段が三重県津市にて主宰・活動しています。同じ大東流合気武道・留辺蘂総本部会員で同じく武田宗家の弟子でもある安部GMとは兄弟弟子関係にて度々神戸の稽古会にて指導に当たっています。神戸での活動は月2~3回の稽古会を開催しており、武田宗家直伝の技を精神を受け継いでいます。

History of Daitoryu Aiki Budo
大東流合気武道の歴史

大東流合気武道は相撲の始めと言われている手乞(てごい)に基づくもので、清和天皇を守護する武技としての手乞は清和源氏によって代々継承され、大東流という名は後の新羅三郎義光(源義光)が幼少のころ近江国大東の館に居住していたことから大東三郎と称されていたことに端を発する。その後義光は甲斐守に任ぜられ、その子義清に受け継がれ、義清の孫信義が甲斐国北巨摩郡武田村に住したことから武田姓を名乗り、源家伝来の旗と鎧と共に大東流も武田一族に伝承されることとなる。武田信玄の他界に続いて嫡男武田勝頼が天目山の戦いにて自害したことで名目上は武田家は滅亡。しかし信玄の弟・国次が信玄の遺書を携えて盟約を結んでいた葦名盛氏を訪ね会津にて地頭として仕え偽名を名乗りながら織田信長の武田一族残党刈りを逃れ密かに子孫に大東流合気の秘技を伝承。そして国次より主税、信次と続き四代を経て惣右衛門へと続き、その子惣吉から次男の惣角へと受け継がれた。そして明治の世になり武田惣角が、それまで御式内という殿中武術として受け継がれてきた大東流合気を一般公開しだすことになる。ちなみに合気道の開祖である植芝盛平は武田惣角の弟子である。惣角は日本各地を回り大東流合気柔術の普及に務め、多くの優秀な弟子を輩出。大東流最強と謳われる佐川幸義、大阪朝日新聞社の久琢磨、北海道の堀川幸道などなど。弟子により教授の内容に異なりがあるため後に多数の流派を生み出すことになるが、正統な技と精神は惣角の三男・武田時宗・四男・宗光に伝承され、時宗宗家により、それまで分散していた技法が百十八ヶ条にまとめ上げられ、柔術に大東流拳法などを加え大東流合気武道を完成させる。時宗宗家亡きあとは四男・宗光に受け継がれ、現在は宗光の次男・武田等が第38代宗家として第36代時宗宗家の高弟らと共に本来の大東流を守っている。

Yamato-Kai Lesson Information
ヤマト会稽古会情報


神戸稽古会

会場:神戸市立生田文化会館:和室
   県立文化体育館(常磐アリーナ):柔道場

日時:月2~3回不定期開催
   (レッスンスケジュール参照)

 

三重稽古会

会場:三重県津市香良洲公民館
日時:毎週月曜18:00~19:30

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